ぽっちゃり美津子の風俗デビュー
どうしようか、美津子とでも名乗ろうか。美津子というのは、あたしがこの世で最も呪っている女の忌まわしい名前なのだけれども、これからあたしがこのブログに書いていこうとしている、ぽっちゃりなデブ風俗嬢の笑っちゃう話、いや本人からしたら笑えるどころか泣きすぎて涙すらでないほどの辛い話なのだけれども、その主人公の名前として相応しいのではないかと思う。もう、美津子に決めた。
いま、美津子は36歳なのだけれども、34歳の時に、ふと風俗いや、完全なるぽっちゃり求人を見て風俗嬢デビューをした。バイトとしても遅い、あまりにも遅すぎる風俗バイトデビューなのだ。金運が悪いあたしは、ずっと貧乏で借金ばかりで、父親からも「ソープランドとかの風俗で働けば?」と勧められたほどの貧乏だ。実の父親が、娘に言っていいセリフかどうかや「この求人サイトにはデブやぽっちゃりの女が勤務OKの風俗店がいっぱい載っているぞ」と言われたことなどの論点はあるがここではスルーする。まあ、そういったカジュアルな親子関係だということだけ、ここでは匂わせておこうか。
そんなこんなで、父親に勧められたあのぽっちゃり求人を見て応募し34歳で風俗デビュー。それは「ぽっちゃりOKのピンサロ店」だ。万人が諸手を挙げて、就労を希望するような仕事ではないが、面接で合格したときには涙が止まらなかった。求人面接をしてくれた、おそらくはあたしより年下のスタッフのお兄ちゃんの前で、声を上げて泣いた。
求人担当スタッフは、ぽっちゃりが嫌い
その名は純ちゃん。風俗店も多く在る繁華街の外れにある「ぽっちゃりピンサロ」の店員だ。ヘアブリーチを繰り返したのだろうなという傷んだ茶髪に、大きなピアスホール。
純ちゃんが、「面接が終わった今から働いて。そう、今。今日から」と言ってくれるまで、あたしはいったい何件のピンサロやデリヘルやソープランドなどの風俗店の面接に行ったのだろうか。求人募集欄には「ぽっちゃりOK、デブOK」と書いてあっても、ちっとも面接を突破できない。採用されない。
もはや、あたしに罵詈雑言を投げつけた憎き風俗店の数を数えるだけの算数の能力は持ち合わせていないのだから、仕方がないのかもしれないけれど。
ぽっちゃりOKと謳っている何件もの風俗店に採用を断られたあたしは、純ちゃんのピンサロに合格する気持ちはさらさらなかった。
「どうせ今回のピンサロも落ちるのだろうな」と、小心にも気にする心も疲れ果て、ただ闇雲に風俗店の電話番号に電話をかけ、ただ言われる場所に重い身体を動かすことだけを、息をするように自然に繰り返していた。心はもはや、何件もの風俗店での面接という名の叱咤によって疲れ果て、何も思わなくなっていた。
電車を乗り継いで、最寄駅から歩いて15分ほど。シャッターが閉まった居酒屋の隣にある、雑居ビルの1階にそのセピア色のピンサロはあった。セピア色に見えたのは、深夜は明るく輝くであろうネオンサインが消えていて、それは日中なのだから当たり前のことなのだけれども、なぜか印象に残った。
店内に入ると、薄暗くまたセピア色の店内には誰もいなかった。すいません、と声をかけると、眠そうな表情で奥から現れた男こそ、純ちゃんだった。
「俺、デブって嫌いなんだよね」
明らかに年上なあたしに向かって、純ちゃんはそう言ったのだった。もちろん初対面のあたしに向かって。
ちなみにデブやぽっちゃりの嫌われるタイプの記事を書いたので、こちらも読んでみてください。
求人面接がつらかった理由
10代のころから、ぽっちゃりどころか太っていたわけではなかった。生理が始まる前後や思春期の頃は、どちらかというとスリムな方だった。20歳ぐらいのころから、ブクブクと太り始めた。それがコンプレックスで、交友関係がみるみるうまく行かなくなった。みんなデブが嫌いみたいだ。仕事は体型とは無関係に、最初からうまく行っていなかったのだけれども。
「デブってさあ、まるで自分が被害者みたいに思っているじゃん。デブのくせして悲劇のプリンセスぶって、眉毛しかめて、全身で不幸のオーラを放ってさ。最悪だ。」
純ちゃんは、面接会場というにはあまりにも狭い、事務椅子に座るや否やタバコを取り出して言い放ったのだ。
そんな罵詈雑言にはもう慣れていたので、ピアスホールの大きなスタッフの無作法なことばにも、心が動くこともなかった。はやく、不採用だと言ってもらってこの面接会場を後にして、帰りがけのコンビニで菓子を買い込んで家に帰る。そんなことを考えていたので、純ちゃんの言葉は心にも刺さらなかった。
「でもさあ、お姉さんは変われるよ。今は、不幸なオーラばかりのブスなデブだけど。俺が幸せに変えてあげる。今から働いて。そう、今。今日から」
純ちゃんが、あたしに告げたことばの意味はよく解らなかった。
「ボーっとするなよ。更衣室あっち。」
どうやら採用らしい。気が付くと、号泣していた。
ぽっちゃりピンサロに採用された喜びではなく、明日から風俗店の求人面接に行かなくてもいいことを理解したからなのか、涙が止まらなかった。号泣するぽっちゃり女を、純ちゃんや同僚の風俗嬢たちはどう思ったのだろうか。おそらく、あたしは風俗店での求人面接が辛かったのだ。それは、デブだ、ブスだと悪口を言われることではなく、「おまえはいらない」と、無価値である自分を再認識させられるのが辛かったのだ。
あたしにも、泣くような感情が残っていることを、どこか冷ややかに傍観していたことを覚えている。
面接で罵詈雑言を言われた記憶
はじめての、求人面接での採用。一応、ぽっちゃりでソートを掛けて、上から順番に適当に電話をかけた、ぽっちゃりピンサロで。
まあ、仕事は辛いこともあったのかもしれないけれども、正直なところ「おまえはいらない」と求人面接で言われ続けて、自分の心に蓋をして辛さも喜びも、何も感じなくなっていた10年近くの時間に比べたら、まったく苦にはならなかった。むしろ、純ちゃんのピンサロは、自分が考えて工夫をしたことが、どんどん認められて、お給料が上がっていくことが楽しくて仕方がなかった。いいや、純ちゃんが褒め上手なのだと思う。
あたしは、純ちゃんに褒められて、純ちゃんが求人面接で言ったとおりに「変わった」のだと思う。ピンサロ仕事の毎日は楽しかった。
今は、いろいろあって純ちゃんのピンサロとは違うぽっちゃり風俗店に転職したのだけれども、純ちゃんのピンサロは楽しかった。何が楽しかったって、これまでの10年間が腐った水に沈み込んで、音も光も感じないゾンビの生活だったとしたら、煌びやかなネオンサインとビートの効いた音楽と、汗と吐息と熱情に踊るような毎日だった。
たった1年少しの時間だけの経験であったけれども、純ちゃんのピンサロの日々はもう戻らない。あたしは、もう初心者のピンサロ嬢ではなくなったのだし、純ちゃんとは店員とピンサロ嬢という関係ではなく、恋人同士を経て他人となった今だからわかる。